「ユビキタス」はどこでも、だれでも気兼ねなく使える事

ユビキタスという言葉は最近あちらこちらで聞かれるようになってきました。しかしその言葉自体はなんか難しそうなイメージです。
私はユビキタスとは「どこでもだれでも気兼ねなく使えること」だと思っています。この言葉は主にコンピューター機器のことをさしているようです。
パーベイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズという言葉を聞いたことがあります。現在研究開発が進んでいる分野で文字通りの意味は「だれでもいつでも気兼ねなくコミュニケーションを行なえる」ということなのだそうです。
そういう意味で現時点では携帯電話がそれにあたると思います。携帯電話をさらに進化させる動きです。
しかし携帯電話は高齢者の方にとってはまだ難しいものがあります。操作も、いくつものキーを押さなければならないなどまだまだだれでもつかえるものにはなっていないようです。
コンピューターでは視覚的にすべての操作を行なうための開発が進んでいます。キーボードを無くして、画面を見て画面にタッチするだけで操作を行なうことができるようです。その画面もいくつもの選択肢を選ばせるのではなくて「Yes」か「No」のような単純な選択で済む用にです。
これらの研究がいま加速度的に行なわれているのは先進国の高齢化人口の増加が見込めるからです。商売として成り立つという面もあります。
すでにその動きは活発化しており、携帯電話機でもシニア向けを銘打ったかんたん携帯が各社から発売されています。音声で簡単な指示が行なえるなどより人間同士のやり取りに近い形にしています。
松下電器の松下幸之助さんは電気製品をだれでも気兼ねなく使えるようにしたいと願いそれを現実化しました。
それは今のユビキタスと同じことです。今はそれをコミュニケーションの分野で行なおうとしています。
IP電話などの普及で国際電話がアメリカまで3分8円など昔では考えられなく安くなり隣の家に電話をするような感覚でアメリカまで電話をかけることができます。
技術の進歩による人と人との意思疎通はだんだんに距離などの障害を乗り越えようとしています。
私の予想ですが、コンピューターのOS(ウインドウズなど)も今は複雑な操作を必要としていますが、将来はきわめてシンプルで指で触ったり、会話をすることで操作できるような人間側から見れば単純な物になっていくのではないでしょうか。
 「インターネット財閥経営」と題が付いていますが経営の本というよりは孫正義さんとソフトバンクの歴史書のように思います。

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