コンピューター主導の世界は終わりが来る?

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この記事は、2017年10月07日に、FC2ブログからこちらのサイト(kazushikato.info)へ移転したものです。

現在のコンピューター中心の社会に終わりが来ると予言する人物の記事を読みました。
今のコンピューターは元々計算をするために作られた物でそれを無理やりコミュニケーションの道具として使っているので結果として人間がコンピューターにあわせなければならない場面が多いということです。
例にはパソコンを起動してから使える状態までの時間をあげておられ、人間はコンピューターが立ち上がるまでじっと待っているしかないでしょう、始めからしてパソコンに支配されてますと解く。
この理由から、計算機としてスタートしたコンピューターは長くは続かないと予想されています。
そしてコンピューターの次に出てくるものは、人間のコミュニケーションに特化したパーペイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズ(PUC)というものだそうです。
パーベイシブ(pervasive)は [形]行き渡る, 普及[浸透]するとか言う意味のようですがこの記事に出てくる原氏によれば「使っているのを感じさせない」という意味なのだそうです。
ユビキタス(Ubiquitous)は 英和辞典では 同時に至る所に存在する[起こる], 遍在する ;どこにでもある[現れる] と書いてありました。
ウィッキペディアでは「ユビキタスとは、それが何であるかを意識させず(見えない)、しかも「いつでも、どこでも、だれでも」が恩恵を受けることができるインタフェース、環境、技術のことである。」とありました。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%93%E3%82%AD%E3%82%BF%E3%82%B9
そうすると(PUC)とは[使っているのを感じさせず、そして偏在しているコミュニケーション]とでも訳すのでしょうか。
実際に原氏の言葉によれば「人間にとって必要なコミュニケーション機能を、本当に使いやすく、しかもどこでも利用できるようにするものがPUCという考え方です。」とおっしゃってます。
コンピューターは構造化されたもの(きちんと枠に当てはまるもの)には強いが、構造化されていないものに対しては弱いとの事です。一定の枠に収まらないことに対して処理させようとすると大変な計算力を必要とするのだそうです。
まさに人間のコミュニケーションは枠に収まらないものでしょう。大体人間という生き物自体がある一定の枠には収まりきれないものだと納得しました。
コンピューター化の問題は枠に収まらないものを収めようとするもしくは切り捨てるということなのかとも思いました。
実際にパーベイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズがどんなものなのかは詳しい説明はありませんが、あったとしても私には理解できないでしょう。
現在原氏は、その技術を開発している若い企業に出資しているということですから現実的に動き出しているようです。
近い未来にコンピューターに取って代わるものを早く見たいと思います。